太陽がスポットライト

ジャニーズJr.が大好きです/関係ないことも書きます

今ここにいる 僕が僕のすべて

2001年、「感謝カンゲキ雨嵐」という曲と出会ってから約18年。

ジャニーズという最高の夢の国を趣味とし始めて約18年。

紆余曲折あって、今は会社員をしながらJr.にお給料と余暇をささげるアラサーJr.担。

 

嵐はずっと私の近くにあって、なんだかもう親戚か、兄弟か、

そのくらいもう欠かせない存在で。

今や国民的アイドルであることくらいわかっているけれども、

そう、あの日本中を震撼させたニュースの次の日の朝も、

そのことがどのチャンネルでもビッグニュースとして取り上げられていることが不思議で、ただぼーっとテレビを見つめてしまった。

 

古参ぶって見えたら本当にごめんなさい。

私より古い人もたくさんいるのもわかってます。

でも、それが私の本当に率直な感想で。

そして、こんな夢を嵐が見せてくれたから、

私は今、夢をのせて、ジャニーズJr.を熱烈に応援しているんだと思う。

 

そんな私ですが2018年に行われた5×20ツアーに見事に外れまして、

悔しい気持ちと、来年の公演は絶対当ててやる!

という願掛けを込めて、2018年の年末、

そう、活動休止のお知らせを全く知る由もなかったころに、

「来年、嵐のツアーに行けたらこれを投稿しよう」と思って

下書きにしまっておいた文章が以下です。

 

大変ありがたいことに、私の、5×20コンサートが再来週に迫っています。

 

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「感謝カンゲキ雨嵐」という曲にのめりこみ、MDを死ぬほど聞いたのが嵐との出会い。

「ごくせん」の沢田慎に恋して、あっという間にファンクラブに入ったのは2003年。

入っていないのにもはや行った記憶すら妄想で作成してしまうほど、

何度も何度も繰り返し見た「How's it Going?」のライブDVD。

こんなにハッピーで優しくて楽しい5人組がいるのかと、

どんどんのめりこんでいった。

 

それでも当時彼らを見られるのは深夜の30分番組か、

CDを出した時の音楽番組くらい。

CMが1本決まるだけで大騒ぎした。

(懐かしい城南予備校CM…!)

天井席が埋まらない横浜アリーナに入り、悔しい気持ちで帰った日もあった。

友達には「嵐?櫻井以外知らない」と言われたこともあった。

それでも毎日嵐に元気をもらっていて、ずっと応援し続けた。

Dの嵐」を見れば、嫌なことも忘れて大声で笑っていられた。

 

受験の前日は「Everybody前進」を、

辛い部活の夏合宿中は「Summer Splash!」を、

自分に自信がなくなったときは「できるだけ」を、

そしていつも「僕が僕のすべて」を聞いて1日1日を乗り切った。

失恋をすれば「いつまでも」を聞き、

友達との関係に悩めば「Still...」を聞いた。

 

やがて、いつも一人でイヤホンで聞いていた嵐の曲は、

誰でも知っている曲になり、

街中で、CMで、カラオケで、毎日のように耳にするようになった。

 

そのたびに、親戚が活躍しているような、

嬉しくて、でも本当はどう思われているのか不安で、

こそばゆい気持ちになった。

 

大親友の結婚式では「愛を叫べ」を新郎がサプライズで踊り、

大学時代にマネージャーをしていたチームメイトの結婚式では

みんなで「Love so sweet」を踊るのを、私がビデオに撮った。

私が転職するときには、送別会で同僚が「A・RA・SHI」をラップ付きで踊ってくれた。

 

物心ついた時からと言っても過言ではない。

私の生活にはいつも嵐がある。

 

そして今も、

「Sunshine」は私の栄養ドリンクだし、

「Fly on Friday」を聞いて金曜の朝は出勤する、最後の1日を必死で頑張る。

 

人気が爆発しはじめたときは、なんだか遠くにいってしまような気がして、

あまのじゃくな気持ちになったこともあった。ごめんなさい。

でも今、本当に心からこう思います。

嵐を好きになってよかった。

いつも、私たちに元気をくれて、心からのでっかい感謝。

ありがとう。